【再掲】中国の有人潜水艇「蛟竜号」はどこまで自主開発なのか調べてみた
蛟竜号は、中国初の自主設計、自主開発された有人潜水艇だそうだ。
新華社電によると、乗組員3人を乗せた中国の有人潜水調査船「蛟竜号」が26日、太平洋で水深5057メートルの潜水に成功した。中国メディアは調査船が「初めての自主設計」であると強調し、潜水の成功を大々的に報道している。中国:有人潜水船が5000メートルを突破 (毎日新聞)
メディアによって「自主設計」だけだったり、「自主設計+自主開発」だったり微妙な違いがある。
どこまで自主開発なのか中国の情報を中心に調べてみた。
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“蛟龙”号の設計主任は徐芑南。
中国の深海潜水艇の父とでも呼ばれそうな人物。中国船舶重工集团公司の第七○二研究所。この研究所が蛟竜号開発の中心である。
第一副設計者・崔维成は、第一次潜水試験(22日)では潜航員の1人として潜っている(参照)。
設計主任・徐芑南は、7月1日の母船「向阳红09」の出航後のインタビューでこう話している。
記者:蛟竜号は中国で設計され中国で製造されたものですか?
徐芑南:蛟竜号は我が国の初の自主設計の、自主統合開発された有人潜水艇です。
設計プログラムから、初期設計から詳細な設計まで、全て我が国の技術者たちがやり遂げました。組み立て、調整、海上試験等も我が国が単独で行っています。
蛟竜号の耐圧殻、生命維持装置、水中遠隔音声通信、システム制御、その他の技術は我々独自の画期的なものです。ただ、ごく少数の非核心的な部品は輸入品です。
これらをもって、蛟竜号は本物の「中国のドラゴン」と言えます。
记者:“蛟龙号”是中国设计中国制造么?总设计师等谈“蛟龙号”载人潜水器5千米级海试
徐芑南:“蛟龙号”是我国第一台自行设计、自主集成研制的深海载人潜水器。
从方案设计、初步设计到详细设计,全部由我国工程技术人员自主完成。总装联调和海上试验也由我国独立完成。
“蛟龙号”的耐压结构、生命保障、远程水声通讯、系统控制等关键技术,都是我们自己突破的。只有少许非核心零部件进口。
可以说,它是一条地道“中国龙”。
自主設計・自主統合開発(自行设计、自主集成研制)という表現。
第一副設計士・崔维成は、5月30日の記事を読むと、ちょっと口が滑ってしまったようだ。
有人潜水艇「蛟竜号」の第一副設計者で、中船重工の第702研究所副所長の崔维成によると、蛟竜号の今後の応用に影響するようなボトルネックとなる輸入パーツや設備はすでにない。現時点では、蛟竜号のパーツ数量の割合は国産化率が58.6%となっている。
据“蛟龙号”载人潜水器第一副总设计师、中船重工第七O二研究所副所长崔维成介绍,已经没有任何“卡脖子”的进口部件或设备会影响到中国“蛟龙号”载人潜水器今后的应用。从部件数量比例而言,“蛟龙号”目前的国产化率已达到 58.6%。蛟龙号深潜器国产化率达58.6% 核心部件不进口_新浪网
数量比例とあるので単純にパーツの数の割合だろうか、現時点で国産化率は58.6%だそうだ。
記事には、この後、仮に輸入している部品が手に入らなくなっても他から入手出来るし、まったく国産パーツで代替出来るだろう、と書かれている。
深読みすると、仮に耐圧殻がロシア製だったとしても、それが使えなくなった時イコール蛟竜号が使えなくなる時なので今後の運用に影響は出るわけではないと解釈することも出来そうだ。
一方、上海交通大学・海洋水下工程科学研究院のある教授はこう言っている。
上海交通大学・海洋水下工程科学研究院の教授はこう語る:「蛟竜号で使われる、水中遠隔音声通信、システム制御、耐圧殻などのキーテクノロジーについてブレイクスルーを得た。しかし、特殊材料や深海機器、そしていくつかの加工技術は依然として輸入に頼っている。」
上海交大海洋水下工程科学研究院一位教授表示:“通过‘蛟龙号’项目,我国在远程水声通讯、系统控制、耐压结构等关键技术上取得了突破。不过,在特殊材料、深海配套设备以及一些加工工艺方面,仍然依赖进口。”蛟龙号:可下五洋捉鳖(产经动态) - 国际金融报-人民网
この上海交通大学は徐芑南、崔维成の出身校であり、徐芑南は船舶与海洋工程学院の教授だった。コメントをしたのは別組織の教授。
これも深読みすると、こういうコメントが出る背景には組織間の勢力争いや名声への嫉妬がどこか絡んでくるかもしれない。
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蛟竜号は、国家高等技術研究発展計画(国家高技术研究发展计划)(通称:863計画)の重要事項のひとつとして有人深海潜水艇の開発計画が始まった。
徐芑南によると、「蛟龙(蛟竜)号」は最初は「7000米载人潜水器」とだけ呼ばれていた。その後、「和谐(和諧)号」と命名されたが、中国高速鉄道CRH車両、いわゆる中国版新幹線が和谐号と命名された事が分かったため、蛟龙号と改名された(参照)。
いくつかの資料で、蛟竜号は海极(海極)一号と呼ばれていたように書かれているが(参照)、他の遠隔操作無人探査機(ROV)と勘違いされていたのではないだろうか。
(追記修正2011/08/09)
2007年6月の中国船舶科学研究中心(CSSRC、第702研究所の事)によるプレゼン資料(pdf)に蛟龙号と外観がそっくりな実寸?モデルの写真を確認。そこには「海极-Ⅰ」と書かれている(p.112)。
「和谐号」と命名されたのは2007年11月27日(参照)で、すでに潜水試験可能な状態にある。もしかすると「海极-Ⅰ」は、米国のスペースシャトルの滑空実験機「エンタープライズ」のような、開発モデルの名前なのかもしれない。
ところで、
(追記ここまで)
蛟竜号の開発に関わった中国科学院沈阳自动化研究所が「海极号」という中型ROVを開発している(参照)。その名前が示すように北極海の探査用のようだ(参照)。
wikipediaで「蛟竜号」を調べると「シーポール級潜水艇(海极)」の項目にリダイレクトされている(記事掲載時)。英語版から訳されたものらしい。(*)この記事でも当初これに気付かずに書いていたため、修正して再掲している。
注意が必要だが、いくつかの情報、特に有人潜水艇についての情報は蛟竜号のものとして参照することは出来るだろう。
開発は、中国の工業水準が仕様を充分に満足し得るものではなかったので、チタン製の耐圧殻はロシアで製造され、マニピュレータは米国で、浮力装置はイギリスで製造されている。また、海極二号の主要な部材は中国の製造業者が、海極一号製造の際の技術移転により取得した技術で製造するとされたがそのような公式発表は確認されてないそうだ。(資料未確認)
2010年8月の南シナ海での潜水試験(中国国旗を海底に刺した時)の後、設計主任・徐芑南は蛟龙号の耐圧殻とその他の技術開発や特許について語っている。
人が乗る耐圧カプセルは深海潜水艇の重要な部分です。その中でチタン合金のシェルは、中国の設計に基づいてロシアに製造を委託したものです。
载人舱是潜水器的关键部分,其中,钛合金球壳是根据中国的设计方案,委托俄罗斯制造。蛟龙号生命支持系统可保证3人84小时安全_新浪网
主任設計者ご本人が、はっきりとロシア製だと言っていました(笑)
また、
「プロトタイプとしての蛟竜号では、一部でまだ国内生産の部品や材料を導入していません。そのうち、マニピュレータと照明設備などはアメリカから導入し、映像設備などは日本から導入しています。」と徐芑南はチャイナ・ウィークリー紙の記者に伝える。「一方で、我々は国内開発の部品の導入をすすめ、次回のために準備を進めています。」
“作为原型机,蛟龙号也引进了国内还无法加工生产的部分部件和材料。其中,机械手、灯光设备等引进自美国,成像设备等引进自日本。”徐芑南告诉《中国新闻周刊》记者,“同时,我们正在进行引进部件的国产化研制,为下一步的应用做准备。”と言っている。
それら他国の先進技術を導入する過程でいくつもの独自の技術革新を経て、45の特許獲得、25の特許受理、3のソフトウェア著作権を得たとある。
この1年の間に、どこまで国産部品の開発と導入が行われたか気になってきた。
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蛟竜号の開発は、中国船舶重工集团公司(中船重工集团)が中心となって行っている。(参照・中船重工)
前述した第702研究所が主要部分を開発し、
第701研究所が、母船「向陽紅09」の潜水艇を吊り下げるA字型クレーンと着水揚収装置を開発と母船の改修をしている。(参照)
また、第725研究所が、チタン合金の関連部品を担当し、直径500mmの耐圧球と、電池ボックスと燃料タンクなど10のチタン合金製重要設備の開発をしている。
河北網の記事によると、725研究所はチタン合金の材料・加工研究で中国をリードする位置にあるそうだ。ここが潜航員が載る耐圧殻の自主開発・研究をしていくのだろう。
北京长城电子装备有限责任公司については資料が見つからなかった。
中科院沈阳自动化研究所が航行、ナビゲーション、制御システム設計(参照)で、中科院声学研究所が通信、測地等(ソナーなど)の設計・製造で関わっている。(参照)
十一五国家科学技術計画執行優秀グループ賞(“十一五”国家科技计划执行优秀团队奖)の受賞リストにあるこれら研究所が中核で、その他に、中船重工・第712研究所など50以上の研究機関が関わっている(参照)。
使用されている高性能の材料の一部として、チタン合金、浮力材に使われる微小中空ガラス球とエポキシ樹脂、そして高性能の海洋防腐塗料などが伝えられている(参照)。
残念ながら、マニピュレータ、照明設備、映像機器など米国製や日本製だった部分で、〜研究所が独自開発でブレイクスルーを達成というような資料は見つけられなかった。
視点を変えてみると、他分野で転用出来る技術、例えば軍事で使える技術を集中的に研究開発していると言えるかもしれない。
結論。
「蛟竜号は、中国の自主58.6%開発された深海有人潜水艇。」
南シナ海では、中国の潜航員が、ロシア製の耐圧殻に入って潜り、米国製の照明で照らし、日本製の映像機器で記録をとりつつ、米国製のマニピュレータを使って、中国国旗を水深3000mの海底に刺していたのでした。どっとはらい。
今回の太平洋でもあまり変わっていなさそうです。
(追記2011/08/18)
マニピュレータは、やはりSchilling Robotics社製。Orion7Pの可能性大。
参照画像:Orion Series|蛟龙号のマニピュレータ
しんかい6500と同じタイプ(Titan 4)かと思っていたけど違っていた。持重量性能落ちるけど、重量か値段を重視した結果かな?
参照:商品情報:産業機械関連 マニピュレーター|株式会社ニシヤマ
メモ:けっこう泥縄的な調べ方していたので、この方面に詳しい人ならすぐ分かることをあれこれ遠回りをしています。
(追記ここまで)
ところで、
第四次潜航試験で深海5182mの海底に置いてきたドラゴンの木像は浙江省東陽で作られたものだそうだ。誰が作ったものかはまだ分かっていないらしい。(参照)
実はベトナムの木材でした、というオチが付けばかなり面白いんだが(笑)
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コメント
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興味深く拝見致しました。なるほど、6割弱が国産ですか。見かけからして、独自デザインだとは思っていましたが、中国もなかなかやりますね。
投稿: 海の研究者 | 2011年8月28日 (日) 15時32分
コメントありがとうございます。
いろいろと関連記事を調べていると、やっぱり油断ならないと感じていました。なかなかやります。
投稿: メモ主 | 2011年8月29日 (月) 16時24分
しんかい6500が随分前からあるので、今の中国なら余裕だろうと思ってクリックしたんですが、そうでもないんですね。
潜水艇舐めてました。すいません。
投稿: ろん | 2011年9月 9日 (金) 22時47分
>ろん様
コメントありがとうございます。
最初は、日本の30年前の技術で作れるのだから余裕でコピーされていると思っていました。
深海の圧力、恐るべしです。
投稿: メモ主 | 2011年9月11日 (日) 13時56分
資料を調べていたら、たまたまここにきました。すごい深読み!感心します。ありがとうございます。
投稿: aki | 2013年1月29日 (火) 14時29分
>aki様
コメントと身に余るお言葉をありがとうございます。
投稿: メモ主 | 2013年1月29日 (火) 20時51分