「お菓子の家」は実在していた!?|「本当にあった?グリム童話「お菓子の家」発掘―メルヒェン考古学「ヘンゼルとグレーテルの真相」」読了
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「本当にあった?グリム童話「お菓子の家」発掘―メルヒェン考古学「ヘンゼルとグレーテルの真相」」
原題:"Die Wahrheit über Hänsel und Gretel. "
著者:Hans Traxler
原書の出版:1963年
最初は、やはりこう叫ぶべきだろう。
すごいぞ! ラピュタ お菓子の家は本当にあったんだ!!!
神話や伝説で語られている事が、実は歴史上の出来事だったという例は枚挙にいとまがない。
ハインリッヒ・シュリーマンによるトロイア遺跡の発見(参照)、スヴェン・ヘディンによる伝説の砂漠の都市ロプノール(楼蘭)の発見(参照)、イタリアのポンペイ遺跡の再発見もそうだろう。
日本では、出雲大社の本殿のすぐ近くで巨大な心の御柱(宇豆柱)が発見された。伝承で伝えられ、宮司の千家国造家の古文書に描かれている初期創建当時の32丈(約96m)の本殿が実在していた可能性が強くなり、人々を驚かせたことは記憶に新しい。
・古代出雲王国と大社の謎に迫る!~古代出雲歴史博物館編~
・出雲大社心御柱遺跡
(発掘された宇豆柱。島根県立古代出雲歴史博物館より)
また神話伝説だけでなく、子供の、おとぎ話やわらべ歌には、その地域の旧支配者が征服された歴史が隠されているという。
例えば、「桃太郎」のおとぎ話は、古代にその地域を支配していた温羅(うら)を、吉備津彦命(中央のヤマト政権)が征服したという温羅伝説が元だそうだ。
事実、吉備津神社や鬼ノ城は存在しており、吉備津神社は旧社格が官幣中社で非常に格が高く、鬼ノ城は国の史跡に指定され発掘作業が進んでいる。
(参照:第10回シンポジウム「鬼ノ城と吉備津神社 ~桃太郎の舞台を科学する~」
(*)国の史跡:歴史上の事件に関係のある場所、古い建物やその遺構のこと(英:Historic site)。
前書きが長くなった。
本書はグリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」が、実は、実際に起こった事件を元にして作られた話であることを、現地の発掘調査と考古学的な解析、膨大な文献調査、多くの写真によって解明した喜六である。
本書は、「ヘンゼルとグレーテル」の舞台の深い森、魔女のお菓子の家があった森はどこだったのだろう?という、素朴な疑問から始まる。
登場人物の話し方の特徴や、さまざまな時代に出版された本に共通する部分を導き出すことで、舞台となった地域を推測している。現地調査で、特に写実的だとされる挿絵とまったく同じ風景を見つけたことから、お菓子の家の原型となった家の場所を見つけ、発掘調査を行っている。
実はこれは、シュリーマンがトロイヤ遺跡を発見した方法とほとんど同じで、神話だからとかお伽噺だから、と軽くは考えずに、書かれている事を検証しつつも愚直に信じて、正面から向き合う事で歴史の真実を手繰り寄せている。
ドイツでは、2011年にいくつかの特集があった。
デア・シュピーゲル誌は「Eine neue Ära der Archäologie(考古学の新しい時代)」という記事を載せている(参照:de)。
常に正確な報道をしているドイツZDFテレビでは、45分の特集番組「Archäologie: Hänsel und Gretel, KHM 15(考古学:「ヘンゼルとグレーテル」)」(参照:de)を放送した。
KHM15はグリム童話の各話の分類番号。
同時期に書かれた童話「兄と妹 KHM11」 の再検証が進められているいるらしい。
しかしドイツ人の知り合いから聞いた話では、2011年3月11日の放送だったため、東日本大震災と福島第一原発事故のニュースに流されてしまい、まったくと言っていいほど話題にならなかったそうだ。
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本書によると、「お菓子の家」のモデルとなった家は、調査が行われた1960年代には、高速道路工事によって撤去されていた。残念。
しかしその後の発掘調査で、その家にはパンやお菓子を焼くためのかまどが4つもあった事が分かり、そのかまどの1つから女性の遺骨が発見(!)されている。
そして周辺から、菓子職人が使うお菓子の焼き型が見つかったことから、「ヘンゼルとグレーテル」に出てくる魔女は、実は女性の菓子職人だったと結論付けている。
魔女の家が、なぜ「お菓子の家」なのか不思議だったが、これで納得出来た。
時代は1600年代なかば。
ヘンゼルもグレーテルも子供ではなく30才台の大人、ヘンゼルは宮廷の菓子職人だった。
ヘンゼルは、魔女とされた女性が作る新しいスタイルのお菓子(トルコがルーツらしい)に嫉妬した上、彼女に恋慕したがフラレた恨みで憎さ百倍、魔女として告発したのだろう、と、裁判資料から推理している。
当時は、魔女のえん罪の告発は簡単に行われていた。
しかし彼女は、その魔女裁判で「無罪」となった。
そこでヘンゼルは、彼女のお菓子のレシピを奪うために、グレーテルを連れて・・・(以下、省略)。
グリム兄弟は、この事件を知ってショックをうけたが時代に合わせた道徳譚とするために、事実を知りつつもそれを歪めて「ヘンゼルとグレーテル」を書いたのだろうと推察している。
正直なところ、本書を読んで「ドイツ人の底力」を思い知らされた気がした。
おとぎ話だから、と適当に調査するのではなく、ヘンゼルとグレーテルがなぜ大人と分かるのか?、など、微に入り細に入り徹底的な調査をしている。
中でも特にすごいのは、
童話本編に、ヘンゼルとグレーテルの父親の木こりが、森の木にロープをかけて仕事をする場面があるが、その木すらも特定し、年輪調査をした上で、そのロープをかけた跡まで見つけ出しているところだろう。その写真が載っている。
この部分を読んでいた時には、手のひらにじっとりと汗をかいていた。
メルヒェン考古学、恐るべし。
・・・と、
ここまで「考古学者の言うことだから」「証拠の発掘写真があるから」「立派な本に書いてあるから」、この記事で「有名なシュピーゲル紙やZDF局がとりあげている」と書いてあるから、と感じた、とっても素直な方々には、あと書きの解説から読んでみることをお奨めします。
・・・いや、
むしろ、解説を読むのは後回しにして冒頭から読んでみる方が、すごくエキサイティングな読書体験になるかもしれません。
本書の解説では、「本当は恐ろしいグリム童話」などの「本当は〜」という二次創作物をとりあげて、明らかに間違った解釈や、セックスや暴力などセンセーショナルに作り替えられた童話やおとぎ話が、子供や若者に信じられている事を危惧している。
ぜひ、本書を読んで、おとぎ話とはどういうものかを再確認して欲しいと思う。
メモ
本書は、パロディ作品です。
この記事でも、本書の内容以外のところで、著者と翻訳者に敬意を払って、ちょっと悪ふざけをしています(笑)
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