中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜号」の概略。「しんかい6500」などとのスペック比較。
(cssrcより)
マリアナ海溝海域で、中国の有人深海潜水艇「蛟竜号」の7000m級潜水試験が始まる。
いくつか関連記事とツイッターでも書いているけど、7000m潜水試験前に、ちょっと初心にかえって蛟竜号自体のスペックなどまとめてみた。
「蛟竜号」の概略と特徴、そして性能諸元の、日本の「しんかい6500」はじめ各国の深海潜水艇との比較など。
「蛟龙号」。
繁体字で「蛟龍号」。日本語で「蛟竜号」(こうりゅう)。英文では「Jiaolong」(ジャオロン)、「Dragon, Sea Dragon」とも書かれる。
中国の、深度7000mまで潜ることが出来る「自主設計・自主統合開発(自行设计、自主集成研制)」された有人深海潜水艇。
全長全高など諸元は、下の一覧表を参照ください。
「自主設計・自主統合開発」とは簡単に書くと、中国が設計をし、中国国内で研究開発された装備と、外国で開発・製造加工された装備を、中国が統合して開発している。
これだけだと「寄せ集め」というイメージを持たれるかもしれないので少し詳しく書くと、蛟竜号は、中国の設計に沿って、技術開発を12系統のプロジェクトに分けて進め、最終的にそれらを統合し開発した。中国国内の100以上の研究組織や企業連合による技術開発の統合も、成果のひとつとして語られている。
人が乗る耐圧殻、マニピュレータや浮力材など7000mの大深度での運用に必要な装備のいくつかは、外国の製品や加工製造品を導入している。
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中国の深海探査と潜水艇の開発計画は、国家先端技術研究開発計画(通称:863計画)の海洋技術領域の一つとして発案された。
863計画は、1986年3月に鄧小平氏の指示のもと企画された、先端技術の研究開発を重点的にすすめるための計画大綱で、スーパーコンピュータ開発や天宮1号などの宇宙開発と多岐にわたっている。(*1)
1990年代には、大深度有人潜水艇の構想が持ち上がっていたが、当時は明確な用途を示せず技術的な問題も大きかったためまったく先に進まなかったそうだ。
現に、2001年に、中国大洋鉱産資源研究開発協会(通称:中国大洋協会|COMRA)が、ハワイ東南沖のマンガン団塊鉱区の専属探査権と優先開発権を得たとき、中国の有人潜水艇が潜れる深さは、わずか300mだった(3,000mじゃないよ)。
「(深海潜水艇の研究と開発が)とても差し迫っていた」と、潜水試験の現場総指揮官・刘峰(劉峰)は語る。(参照/cn)
2002年に、第10期5カ年計画(十五期間)の重要プロジェクトの一つとして、海底の資源探査と海洋科学研究、そのための先進的な海洋技術の研究開発と製造能力の向上を目的に、7000m級有人深海潜水艇の研究開発がスタートする。
中船重工集団702研究所(CSSRC)を中核として、100以上の研究機関と企業連合が関わる、6年間の研究開発によって蛟竜号が作られた。(*2)
50m潜水試験、300m潜水試験、そして2009年8月に1000m級潜水試験を行い、2010年8月には南シナ海で3000m級潜水試験を行っている。3000m級潜水試験では、南シナ海の海底に中国の国旗(五星紅旗)を置いて領有権を主張し、国際的に非難されたことをおぼえている人も多いだろう。
2011年7月には、5000m級潜水試験を太平洋ハワイ南東沖のマンガン団塊鉱区で行い、マンガン団塊のサンプルを持ち帰るとともに、最大潜航深度5188mを記録している。
そして今月、7000m級潜水試験をマリアナ海溝海域で行う。
現在の世界記録は、日本のしんかい6500の潜航深度6527m。
蛟竜号は、それを抜いて世界一の記録を目指している。(刘峰曰く、目標を7000mにしたのは、しんかい6500の記録を抜くため。)(*3)
今回の潜水試験は6回予定されている。
1回目は前回の水深5188m越えが目標。(6月14日の予定)
2回目が、しんかい6500の記録を越える水深6500〜7000m。
3、4回目は前2回の内容を踏まえつつ6000mくらいの深さでを性能を検証し、5回目で水深7000mにチャレンジ。
6回目は水深7000mの深海底での作業能力を検証する。
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蛟竜号と、しんかい6500をはじめとする各国の深海潜水艇の性能諸元を、2010年の和偕号(蛟竜号の旧名)の研究開発レポートをもとに表にしてみた。
(並び順を変えて、しんかい6500の一部のデータを最新の推進器改造版のものに差し替えています。)
"和谐号"载人深潜器与現有深海载人潜水器的比較
Comparison of the manned submersible "Harmony" with other existing ones.
名称 | 和谐号 (蛟龙号) | しんかい6500 (改造後) | Alvin | New Alvin |
国 | 中国 | 日本 | 米国 | 米国 |
状態 | 開発中 | 運用中 | 運用中 | 開発中 |
最大潜水深度/m | 7000 | 6500 | 4500 | 6500 |
観察員/操縦士 | 2/1 | 1/2 | 2/1 | 2/1 |
長さ/m | 8.2 | 9.7 (*) | 7.1 | 7.3 |
高さ/m | 3.4 | 4.1 (*) | 3.7 | 3.4 |
幅/m | 3.0 | 2.8 | 2.6 | 2.3 |
空中重量/t | 22.9 | 26.7(*) | 17.0 | 19.7 |
耐圧殻・材質 | チタン合金 | チタン合金 | チタン合金 | チタン合金 |
耐圧殻・直径/m | 2.1 | 2.0 | 2.0 | 2.1 |
観測窓・ 直径/mm | 200x1, 120x2 | 120x1, 120x2 | 127x1, 127x2 | 457x3, 330x2 |
ライフサポート (最大)/h | 84 | 128 | 72 | 84 |
最大速度/kn | 2.5 | 2.7(*) | 2.0 | 3.0 |
ペイロード/kg | 220 | 200 | 205 | 180 |
蓄電池/ 容量/kw・h | Ag-Zn/110 | Li/86.4 | Pb/57.6 | /100 |
水中作業時間/h | 6 | 4 | 4〜5 | 7.5 |
竣工 | 2009年 | 1990年 | 1964年 | 2010年 |
年間潜水時間/a | 60 | 110〜150 | ||
名称(中文) | 深海6500 | 阿尔文 | 新阿尔文 | |
(*)が改造後。 | ||||
名称 | Mir1/Mir2 | RUS/CONSUL | Nautile | |
国 | ロシア | ロシア | フランス | |
状態 | 運用中 | 運用中/未完成 | 運用中 | |
最大潜水深度/m | 6000 | 6000 | 6000 | |
観察員/操縦士 | 2/1 | 1/2 又は2/1 | 1/2 | |
長さ/m | 7.8 | 8.0 | 8.0 | |
高さ/m | 3.0 | 3.7 | 3.8 | |
幅/m | 3.6 | 3.7 | 2.7 | |
空中重量/t | 18.6 | 24.0 | 19.5 | |
耐圧殻・材質 | 鋼鉄 | チタン合金 | チタン合金 | |
耐圧殻・直径/m | 2.1 | 2.1 | 2.1 | |
観測窓・ 直径/mm | 200x1, 120x2 | 140x1, 90x2 | 120x1, 120x2 | |
ライフサポート (最大)/h | 82 | 92 | 143 | |
最大速度/kn | 5.0 | 3.0 | 2.5 | |
ペイロード/kg | 290 | 400 | 200 | |
蓄電池/ 容量/kw・h | Ni-Cd/100 | Ag-Zn/Pb/50 | Pb/50 | |
水中作業時間/h | 10〜15 | 10 | 4〜5 | |
竣工 | 1987年 | 2000年/ー | 1984年 | |
年間潜水時間/a | 20 | −/− | 100〜115 | |
名称(中文) | 和平一号/二号 | 俄罗斯/领事 | 鹦鹉螺 |
(追記)元論文の表をそのまま訳したので、一部誤解を生じさせる表現になっていました。「水中作業時間」は、潜水・浮上の時間を含まない「海中で作業を行える時間」です。(追記ここまで)
有人潜水調査船「しんかい6500」の改造について|プレスリリース|JAMSTEC
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蛟竜号の総設計師・徐芑南(徐キ南)によると、蛟竜号には3つの優れている部分がある。(参照/cn)
・自動航行と定位能力により、海底で前後に自由に航行でき目標の探索も簡単である。
・高速水中通信能力により、音声、画像、文字などを母船に送信できる。
・バッテリー容量の多さにより、長時間の水中作業を保証されている。
中国国内での技術開発の成果を、特に強調したものと思われる。
これらの他に、チタン製の構造材や小径の耐圧殻、グラスファイバー製の外装や尾翼、支援母船「向阳红九号」(向陽紅09)の着水揚収装置やA型クレーンなど数多いが、いくつかのコアな部分の国内開発はまだ出来ていない。
蛟竜号の第一副総設計師・崔维成(崔維成)によると、蛟竜号の国産化率は約60%。
深度7000mの圧力に耐える耐圧殻は6-4チタン製。ロシアの「RUS」や「CONSUL」(開発中)と同じ加工製造工程で作られており、2つの球形パーツをそれぞれ7つの小パーツで形成し、TIG溶接している。厚さの精度は1mm未満で、設計上の安全係数は1.5。
マニピュレータと浮力材(シンタクティック・フォーム)(*4)は米国製で、照明設備など米国製が色々と使われている。米国の対中国輸出規制のため、最高品質のシンタクティック・フォームは導入できなかったようだ。
映像設備は日本製らしい。その他、超高圧海水ポンプ、光ファイバジャイロや深度計、傾斜計など、約40%(恐らく部品点数の割合)が外国製。
バッテリーは銀亜鉛蓄電池を使っているので、発熱などの弱点はそのまま残っている。
トリム調整は、水銀移動で行っている。得られるトリム角は±10度で、推進器の推力を合わせて±20度。
障害物回避ソナー、イメージング・ソナーや高分解能サイドスキャンソナーを装備。
5000m級潜水試験の後、位置確認を強化するため超短基線(SSBL)が更新されGPSが新装備された。(前の記事を参照)
3000m級潜水試験の後、照明設備を16灯に倍増させてるけど、最初のレイアウト設計が甘かったかな?もしかしたら中国国産の照明装置の技術検証も兼ねているのかもしれない。
特に際立って新しい技術的特徴はないように感じられるが、そこはそれ、中国企業や研究所の自主開発能力を高めている段階なのだろう。
単に、予算不足が原因かもしれないけど・・・(笑)
蛟竜号の外見上の一番の特色は、X字に配置された尾翼と、船尾に沿って設置(取付角度は22.5度)された4台の主推進器だろう。その他、舷側の垂直スラスタ2台、前部の水平スラスタ1台。
ちょうど、我が国のしんかい6500も、主推進器を2台に増やし、水平スラスタを後尾に1台追加する大改造を行った。(参照)
深海底での操作性の向上が、有人深海潜水艇のトレンドとなっているようだ。
操作性や機動性、作業能力が向上し、どのような成果を上げるか興味深い。
メモ
中国語の勉強中。
いろいろ読んでると、コレ大丈夫か?と感じることが時々ある。
ちょうど、2011年の中国高速鉄道の衝突脱線事故の原因のひとつが、ダイヤと運行指示の手違いだったというように、先端技術に対して諸設備や実際の運用がいろいろ咬み合っていない感じ。
即、事故るというわけじゃないけど、大丈夫かな。
中国だけの事でなく、世界の海洋探査・技術開発のためにも事故らなければいいんだが。
それと、蛟竜号は、天気に祟られる運命をもってるような気がする。
潜る前に、そこの海の竜王を奉って挨拶しといたほうがいいかも(笑)
(*1)1989年3月に策定されていたら(以下略)
(*2)開発中は「海极一号」という名称もあったようだが、1000m級潜水試験の時には「和谐(和偕)号」と命名されていた。しかしその後に中国高速鉄道が「和谐号」と命名されたことが分かったため、3000m級潜水試験の前に「蛟龙(蛟竜)号」と改名された。
wikipedia日本語版では、中国の7000m級有人潜水艇については「シーポール級潜水艇」の項目になっている。英語版の項目を日本語訳したものらしい。「ドラゴン級」と「ハーモニー級」も書いてあるが「蛟竜号」と「和偕号」を示すので、内容が混乱している。
「海极(海極)」の英訳も「Sea Pole」と「Ocean Extreme」がある。
徐芑南らは、「和谐号」命名まで特に名前は付けていなかったと言っているし、開発中の名前には少し混乱があるようだ。
(*3)マリアナ海溝というと、トリエステ号による潜水深度10900mの記録や、今年3月のジェームス・キャメロンのディープシー・チャレンジャー号による潜航深度10,898mの記録がある。これらの深海潜水艇は、長期運用は出来ず、深海での水平移動や作業が出来ない潜水艇なので、別カテゴリーと見られている。
(*4)シンタクティック・フォームはEmerson&Cuming製。wikipediaの「シーポール級潜水艇」項目にはイギリス製と書かれているけれど、少なくともこの蛟竜号については間違い。
その他のメーカー名は、ごちゃごちゃするので割愛。
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