引っ越し先(別宅)

おすすめ

RSS

twitter

  • Speechballoonorangepicon150px @pelicanmemo

    記事にした話題の、書けなかった余談やその後の話。その時々のニュースでも深読み気味。

banner

ウェブページ

無料ブログはココログ

« フィデル・カストロが死んだとTwitterで話題に(2012年10月)・・・またか | トップページ | トルコ東部地震から1年 | アズラちゃんも、もう1歳 »

2012年10月20日 (土)

トルコ東部地震(2011年10月)から1年。被災地のその後の話をいくつか

201210van00
(Photograph by Abdurrahman Antakyali Aatolia/AP)

トルコ東部のワン県を震源とする、昨年10月下旬に起きたM7.1の直下型地震。その後の余震。

日本では、関連情報が国際ニュースに載らなくなって久しく、その後の話はほとんど伝わってきません。もうすぐ1年です。
うちのブログでは、寄付金・義援金等の募集先をまとめて紹介していたことですし、その後の話をいくつか。(*1)



2011年10月23日(現地時間)、トルコ東部、イラン国境近くのワン(Van)県で起きたM7.1の直下型地震。死者が約600人、怪我人は約4000人。20万人が被災し6万人が住む家を無くした。

11月9日(現地時間)に起きた余震では、ワン市の25棟の建物が倒壊し、救援団体や報道の関係者が泊まっていた6階建てのバイラム・ホテルの倒壊により約30人が死亡。日本のNPO法人「難民を助ける会(AAR)」の日本人スタッフの宮崎淳さんと近内みゆきさんも巻き込まれ、宮崎淳さんが亡くなられました。


このバイラム・ホテルのオーナー Tevfik Bayramが、今年6月に逮捕されました。

201210van01
「Bayram Otel'nin Sahibi Tevfik Bayram Tutuklandı」
(バイラム・ホテルのオーナーTevfik Bayram 逮捕)

10月23日の地震で、ホテルが重大な損傷を受けていたにも関わらず、耐震性に問題ないと発表して充分な修復を行わないまま営業を続け、結果として11月9日の余震で多くの死傷者を出したことによるものです。
どうやら、6月の最終弁論に出廷せず逃亡していたらしく、高速バスに乗っているところを巡回中の警察官が偶然見つけて逮捕。刑務所に収監されました。
Bayram Otel'in sahibi yakalandı(バイラム・ホテルのオーナー捕まる)」( Hürriyet|6/26)

ヴァン市で倒壊した建物には、1階に充分な柱や構造壁ない建物が多く、中には1階を自動車展示場にするために柱を切断していた建物もあったそうで、建築物への監査が甘い事が指摘されていました。(参照

日本が幾度もの地震災害を経験して建築物の耐震基準が見直されてきたように、トルコも耐震建築の強化や、監査体制の充実に繋がることを期待しています。
まず33の県で、耐震性に重大な問題があると診断された150の公共施設が取り壊されました。(参照:tr


ことりっぷ海外版 イスタンブール トルコことりっぷ海外版 イスタンブール トルコ

昭文社 2011-02-23
売り上げランキング : 144520

Amazonで詳しく見る




震災後、被災者はテントや、"メヴラーナ住宅"と呼ばれる仮設小屋での避難生活を強いられていました

2011年11月
201210van02
VAN merkürhaber.com)より。

地震直後から徐々に、コンテナ住宅を中心にした仮設住宅も作られ、仮設村での支援に移行。

2012年2月
201210van03
Yüksekova Haber)より。

仮設住宅暮らしをしている被災者はまだまだ多いですが、トルコ首相府・住宅局(TOKI)によって急ピッチで恒久的な住宅が建設されています。予定よりも早いペースだそうです。(参照:tr

2012年9月(最初に完成した被災者向け集合住宅団地)
201210van04
haberler.comより)

完成した集合住宅の入居者の抽選会が行われ、順次入居が始まっています。(参照:tr
集合住宅だけでなく、一戸建ての住宅団地も建設中で、総合的な街作りも進められているそうです。



トルコでは、9月中旬に新学期が始まりました。
倒壊した学校や教育施設の復旧は間に合わず、テントやコンテナを使った仮設教室でも授業が行われています。

201210van05
Aksam.com.trより)

201210van06
TIMETURKより)

被災地域の学校教育への影響が、被災児童の就学の問題とともに心配されていますが、全国からの支援によって、33校の校舎と施設が建設されることになっています。


(追記:2012/10/23)
ヴァン地震から1年がたち、トルコで追悼式典が行われました。
トルコ・メディアもこの1年を振り返りつつ、いまでも残されている問題など、関連記事が多く書かれています。(亡くなられた宮崎淳さんに触れている記事も沢山)
住居の問題のほかにも、土地利用再編、仮設での生活、医療や教育、人口流出などまだまだ多くの問題が残されています。

Questions linger on the first year of Van quake(Hürriyet Daily News)
Van depreminin birinci yılında sorunlarda çözüm yok(soL Haber Portalı)
ほか、いろいろ。
(追記ここまで)

(追記:2012/10/24)
追加記事:トルコ東部地震から1年 | アズラちゃんも、もう1歳
(追記ここまで)

家庭で作れるトルコ料理家庭で作れるトルコ料理
荻野 恭子

河出書房新社 2009-05-14
売り上げランキング : 17765

Amazonで詳しく見る

日本からの義援金の使い道が気になるかもしれません。

たとえばトルコと歴史的に関係の深い、和歌山県が募集していた義援金は3000件弱、合計は約3170万円。駐日トルコ共和国大使館で贈呈されました。(参照:2011トルコ大地震災害義援金について | 和歌山県

駐日トルコ大使館の寄付金募集は、トルコ首相府・災害緊急事態管理庁(AFAD)が立ち上げたもの(参照:tr:駐日トルコ大使館)らしいので、大使館経由で送られた寄付金は、主に被災直後の緊急援助とその後の被災者の生活支援に役立ったのではないでしょうか。

仮設住宅や仮設村では、住宅支援だけでなく、AFADとトルコ赤新月社、NGOや他団体による炊き出しや生活支援など、いろいろと行われています。
トルコ赤新月社の寄付キャンペーンはすでに終了し、2012年1月30日付けのレポートが公開されています。(参照:Van Depremi İnsani Yardım Operasyonu

Google翻訳で斜め読みしてみると、仮設住宅地域ごとの報告で、生活支援だけでなく、医療支援やPTSD対策など色々と行われていたことが分かります。
トルコ赤新月社の季刊誌には、写真も多く掲載されています。(参照:Türk Kızılayı Dergisi(Web閲覧))

また義援金の募集団体や会社の寄付金は、大使館やトルコ赤新月社のほか、NGO・NPOを通して被災者支援に使われています。

トルコの国際災害援助NGOの「KIMSE YOK MU(キムセヨックム)をはじめ、緊急医療支援を行った「AMDA(アムダ・ジャパン)」などや、前述した「AAR(難民を助ける会)」などが、緊急医療支援や生活支援、トルコ政府や赤新月社の支援が行き届かない地域での支援を行ってきました。

全部のチェックはしきれませんので、調べてみてください

参照(うちのブログ過去記事から):
トルコ東部地震(2011/10/23)被害への義援金・募金・寄付受付まとめ(2011/10/25〜)
トルコ東部地震、義援金や支援活動の報告状況について(2012/1/24)

トルコで出会った路地裏レシピトルコで出会った路地裏レシピ
口尾麻美

グラフィック社 2011-09-06
売り上げランキング : 29455

Amazonで詳しく見る


その他、
冬、仮設テント住居で火災が多く注意が呼び掛けられていた話、仮設テント住宅で行われた結婚式や、断食月明けの祭日"ラマザン・バイラム"(砂糖祭)が仮設礼拝所でも執り行われた話、仮設住宅のどこかの誰かが離婚した話などいろいろありました。

いい話だけでなく、トルコ赤新月社が仮設テントを回収してみたら数が合わないとかちょっとアレな話もありますが、何というか、こういうのはどこでも変わりませんね(苦笑)


ただ今回、ヴァン地震(van deprem)1年間の報道を調べていると、次第にシリアからの難民の話、仮設村にシリア難民が入居したとか、記事が増えていくのにはちょっと凹みました。
これ以上、拡大しなければいいんだが・・・



関連情報、お奨めサイト
News from the Middle East 日本語で読む中東メディア(東京外語大学)

AAR Japan 難民を助ける会

難民を助ける会では、シリア難民の支援をしています。
(参照:シリア避難民支援をトルコで開始します(10/5))


うちのブログの過去記事
トルコ東部地震(2011/10/23)被害への義援金・募金・寄付受付まとめ(2011/10/25〜)
トルコ東部地震の仮設住宅(メヴラーナ住宅)(2011/11/10)
トルコ東部地震の被災者のその後(2012/1/24)
トルコ東部地震、義援金や支援活動の報告状況について(2012/1/24)


(*1)同時期の、タイ他の洪水被害についても募金先の記事を書きましたが、その後の様子についての日本語情報が多いのでまとめません。
(*2)トルコ語で、地震はdeprem、テントはcadir (çadır)、ニュースはhaber。 ・・・あと Seni seviyorum は覚えた(笑)



イスタンブール路地裏さんぽ (地球の歩き方GEM STONE)イスタンブール路地裏さんぽ (地球の歩き方GEM STONE)
地球の歩き方編集室

ダイヤモンド社 2010-03-13
売り上げランキング : 98092

Amazonで詳しく見る

« フィデル・カストロが死んだとTwitterで話題に(2012年10月)・・・またか | トップページ | トルコ東部地震から1年 | アズラちゃんも、もう1歳 »

国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1205703/47513461

この記事へのトラックバック一覧です: トルコ東部地震(2011年10月)から1年。被災地のその後の話をいくつか:

« フィデル・カストロが死んだとTwitterで話題に(2012年10月)・・・またか | トップページ | トルコ東部地震から1年 | アズラちゃんも、もう1歳 »