中国の防空識別圏 日本が先に「中国から130kmの距離にまで拡大」という印象操作

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防空識別圏（ADIZ）について、いろいろな人の意見を聞いたり読んだりしていると、その中に「2013年5月に、日本が防空識別圏を中国から130kmにまで拡大している。だから、日本が先に挑発した。」というものを見かけます。
“東シナ海全域”で、中国大陸から約130kmの距離にまで拡大したと勘違いしている人もいるかもしれません。

すぐに、「ああ、与那国島のあの件かな」と気付く人も多いのですが、そこの所をツッコんで検証しているものを見かけないので、簡単にまとめてみました。

中国メディアの報道でも見かけます。間違っているものが多いです。
都市伝説的に広まっているのかもしれません。それを鵜呑みにしたまま輸入した人が、日本語でも拡散しているのでしょう。

たとえば11月29日付けの、中国の国営通信社である新華社の「防空識別圏」特集記事。

2013年5月、日本は防空識別圏を中国の方に拡張し、中国大陸まで約130kmの距離に押し広げた。防空識別圏の支配力を強化するため、日本の自衛隊は2013年に、与那国島に監視（沿岸監視）とレーダー設備の配備計画を決定した。実際の、日本の警戒範囲は、台湾全島に延びることになる。

2013年5月，日本把防空识别圈向中国方向扩张，前推至距离中国大陆仅130km。为强化防空识别区的控制力，日本自卫队于2013年决定在与那国岛部署侦听设备及雷达设备，按照该部署计划，日本的实际预警距离已经延伸至台湾全岛。
【解码】防空识别区揭秘（11/29｜新华网）

正しくは、

・場所は、日本の最西端の与那国島です。
・「2013年5月」ではなく、「2010年6月」です。
　（2010年の5月に発表し、6月に実施）
・「中国大陸まで約130kmの距離」ではなく、「台湾本島まで約84kmの距離」です。
　（与那国島の最西端の西崎（いりざき）から、台湾本島まで直線距離で約110kmです）
　130kmは、別の何かの値と勘違いしているか、計算間違いでしょう。
・広げた面積は、約1000平方キロメートルです。

拡大したのはたったこれだけ。

（蘋果日報）
（この地図の防空識別圏の境界線は豪快に書きすぎ（笑）。これほど、北や南にまでは延びていません。）

ところが、たとえばwikipedia中国語版では、わずか２行の内容のうち１行がこれで、わざわざ書いています。誤解させるための印象操作でしょう。（記事投稿時）
ここでは、文章は新華社の記事とほぼ同じですが、2010年6月となっています。

日本防空识别圈
日本的防空识别圈基本上覆盖了日本所主张的专属经济区，且涵盖了钓鱼台列嶼。
2010年6月，日本把防空识别圈向西方扩张，前推至距离中国大陆約130公里遠。

2010年6月、日本は防空識別圏を西方に拡張子、中国大陸まで約130kmの距離にまで押し広げた。

防空識別區（wikipedia, 维基百科）

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与那国島のこの件は、日本の防空識別圏と、台湾（中華民国）の防空識別圏が東経123度線で接しているので、与那国島の真上を通ってしまっていて、長い間、問題視されてきました。

原因は、時代背景を考えれば仕方ないとは思いますが、米国です。

日本の防空識別圏は、第二次大戦後にGHQが設定し、在日米軍を経て、1969年に防衛庁（いまの防衛省）に引き継がれました。
台湾（中華民国）の防空識別圏は、米国と「中美共同防衛条約（中美共同防禦條約）」を結んでいた時代（1954年～1979 年）に、米軍が、航空管制と航空機識別のために設定しました。1979年のアメリカ合衆国と中華人民共和国との国交樹立の後は、台湾空軍に引き継がれたのでしょう。

1972年の沖縄返還の時に、日本と台湾の防空識別圏の境界は東経123度にすることが決まりました。

結果として、日本の領土や領空なのに、与那国島の東側３分の１は日本、西側３分の２は台湾の防空識別圏として扱われてきました。もちろん領土紛争等は、起こっていません。

どんな問題があったのか、wikipediaの「与那国空港」の項目に詳しく載っています。
与那国空港 #防空識別圏問題（Wikipedia）

台湾（中華民国）も問題があることを分かっていて、与那国島の日本の領空を避けてADIZを運用していたことが、2005年に判明します。

その後、日本は米国とも調整して、台湾に変更の打診をしていたのですが、国家主権に絡む敏感な問題であり（台湾）国内の政治の不安定化を恐れ、受け入れない事を決定。日本は台湾の了承を得られないまま、2010年5月に決定していた、与那国島の領空12海里と緩衝空域2海里の14海里の範囲で、防空識別圏を台湾側に半円形に広げる防衛省訓令改正を、6月に実施しました。

2010年5月26日、日本政府は防空識別圏従来のそれまでの東経123度線から、与那国島の陸地から台湾側洋上へ14海里分西側を半月状に広げる形で設定し直す方針を明らかにし、6月25日付けの防衛省訓令改正により実施された。なお、台湾には外交ルートを通じて説明がなされたが、台湾の外交部は「事前に我々と十分な連絡をとらなかった」として遺憾の意を表明、日本の決定を受け入れないとしている。
与那国空港 #防空識別圏問題（Wikipedia）

当時の台湾メディアの記事に、そのあたりの台湾側の解説が載っています。

防空識別區西移 日擴空域 我拖2天才說「不」（2010/5/30｜蘋果日報）
防空識別區 我不排除與日談（2010/5/31｜自由電子報）

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最後に、距離の検証。

日本最西端の、与那国島の最西端の西崎（いりざき）から台湾までは約110kmです。GoogleMapで計測してみたら、西崎（いりざき）から台湾宜蘭県の烏岩角まで約108kmでした。（東経123度線上にある与那国町から、台湾本島までを計測したら約115km）。
日本の防空識別圏（ADIZ）を、与那国島の領海12海里と緩衝地帯2海里の14海里（約26km）の範囲で拡大したら、台湾までの距離は約130kmではなく、約84kmになるはずなんですよね。

中国メディアが使っている130kmという値は、日本のADIZの中国大陸に一番近いところが約130kmだそうなので、それと混同したのかもしれません。
（国防部新闻发言人杨宇军就划设东海防空识别区答记者问（11/23｜中国国防部））

もしコレなら、もともと中国大陸から約130kmでありずっと変わっていないので、今回の件と絡めて煽っても仕方ありません。「そのような事実はない」で終わりです。

あるいは、与那国町の町役場を基点にした、台湾の台北市（庁舎が基点）までの距離（167km）を元にして計算しちゃったか？
与那国町役場によると、与那国町役場から台北市まで167km。
（与那国から各地への距離（pdf）（与那国町））
与那国町役場から西崎（いりざき）まで直線距離で約7km。14海里（約26km）を引くと134km。

いろいろと間違いのある情報を元にして、針小棒大に「日本が防空識別圏を、中国大陸から130kmの距離にまで拡大した」と、とやかく言っているわけです。

そうそう、あまりにも間違い多いので逆に心配になって（笑）、もしかしたら2013年の5月や6月に「日本が防空識別圏を拡大した」という中国メディアのニュースや中国政府の発表がこっそりあったんじゃないか？と、一応調べてはみたのですよ。まったく見つかりませんでしたが。

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