“海”から見た尖閣問題の今の状況を知ることが出来る、これからを考えるのに役立つ良書。
山田吉彦氏と潮匡人氏の対談で、一般向けに噛み砕いた表現で、専門的な部分は補足説明もしているので読みやすい。
山田吉彦氏は、東海大学海洋学部・教授。海洋問題研究家(wikipedia)。 潮匡人氏は、帝京大学短期大学、準教授。元航空自衛官で軍事ジャーナリスト(wikipedia)。 名前を聞いたことのある人も多いだろう。
本書の大筋は、自分でも似た様に考えていたが、次の状況は深くは考えていなかった。
“「岩」を失えば、日中間の中間線が変更され・・・ 日本は事実上、東シナ海を失ってしまいます。ーー山田吉彦”
この「岩」は沖の北岩や沖の南岩のことで、魚釣島のような「島」ではない。(参照:wikipedia)
一連の尖閣問題のニュースで触れられる事すらほとんど無いが、この「岩」がきわめて重要な役割を示すかもしれない。
シミュレーションでは「島」は守ることが出来ても、「岩」を盗られるだろう、と書かれている。
「岩」を盗られると、そこに拠点が出来る。それを排除出来ず、実効支配されてしまうと領有権を失い、領海を失う。
尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲内なのは、日本が実効支配をしているからなので、中国の「岩」の実効支配が固まると奪還作戦で米国を当てにすることは難しい。そして、そこを基点とした200カイリの排他的経済水域を失い、東シナ海の、日中の中間線が大幅に変更されることを意味する。
漁業資源だけでなく、海底資源や海底下のエネルギー資源とも関係してくる。
国連海洋法条約では「岩」は基点にならないが、中国は占拠したら「島」だと言い張るだろう。
この方法で、フィリピンはミスチーフ環礁を失っている。
本書は3つの章に分かれていて、お互いにリンクしている。
“第一章・全検証「尖閣上陸・第二の敗戦」ー誰が、何を間違えたのか”
は、今年8月15日の香港の活動家らによる魚釣島への上陸事件について、海上で制圧する機会は充分にあったのに、なぜ上陸をさせてしまったのか検証をしている。
先例を作ってしまったのは大きな失敗だった。
公務執行妨害罪を問えただろうし、強硬接舷した時に乗船することは出来たが、海保はそれを行わなかった、いや行えなかった。そこには官邸の「安全第一」で、「怪我人を出すな」「犠牲者を出すな」という 姿勢が感じられる。
何度も「海上保安庁の隊員はやるせない、歯がゆい思いをしている」と言っているのが印象的だ。
“第二章・尖閣にオスプレイが投入される日”
は、尖閣防衛のカギを握るオスプレイについて、客観的な視点で、具体的に書かれている。
この事に、日本の大手メディアはまったく触れようとしない。沖縄の人々の感情を考えてそういう対応をしているのかもしれないが、せめて沖縄の安全保障も含めた問題として触れてほしいものだ。
軍事ジャーナリストの潮氏の説明は、ところどころ気になった所があったが、全体的に、よくまとまっているという読後感。(*2)
”第三章・尖閣を中国に奪われないために”
で、どうすれば守ることが出来るのか、対談が進められる。
「現状で自衛隊を投入するのは中国の思うつぼ」という点は、国際法や日本を取り巻く国際関係を理性的に考えたなら、誰でも考えるのではないだろうか。(その上で、自衛隊を投入すべしという意見もある)
では、いまは自衛隊を投入せずに、どのように対応していかなければならないか。
海上保安庁だけでは、すでに限界近くになっている。巡視船の使用年数の問題もあるし、そもそも海保の隊員の定員の問題もある。
先延ばしに出来る状況にはない。
いまは「選挙」という、国民が自ら考えて行動することが出来る数少ない機会だ。
「岩」を失うことで、東シナ海の広い範囲の海底資源や漁業資源の権益をまとめて失うことになるかもしれない。しかしその時の政府首脳部が、中国との関係改善のために「岩」のひとつくらい渡してやれ、と、国内政治や党内政治で考えたらどうなるだろう?
(少なくとも、そう言っている政党はないのが救い。だから、ここでこう書くことが出来る)
尖閣諸島(あるいは離島)の問題は、目に見えている陸地とその領海だけから考えるのではなく、もっと広く深い、“海”から考える方が何が重要なのか分かりやすい。
うちのブログでは、主に中国海監の海洋監視船について、記事をいくつか書いてきました。
別に船オタだからではなく(笑)、広く浅く書くよりも、焦点を絞ってから膨らませた方が自分が書きやすいからですし、自分の主義主張を前面に出すよりも日本語の情報を増やす事で、色々考える材料にしてもらえればと思っています。
こいつ船オタ、と勘違いしないよう、ちょっとだけお願いします(苦笑)ホントに違うんですってばw
船オタもそうでない方も、大局的に、中国海監の海洋監視船や漁政の漁業監視船について、海保と巡視船の対応について、“広くかつ深く”知りたいなら、ご一読されることをお奨めします。
「なぜ砲撃しない」と、邪気無邪気な強硬論を言う人がいる。
本書では、海監の監視船に向けて武器を使えない理由を、国際海洋法条約や海上保安庁法を使って詳しく説明している。
さすがに海保の巡視船が一方的に撃つ可能性は全く書かれていないが、そんな状況は、巡視船のブリッジほか船の全員が狂いでもしなければありえないだろう。
もし現在の状況で、中国海監の「非武装の」海洋監視船に対して(*1)、海上保安庁の巡視船が砲撃をしたら、日本は国内法でも、国際法でも、政治的にも、国際世論的にも、ほぼ間違いなく負けます。
もしかしたら、米国が、尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内と言っているのに、その米国が介入しにくくなる状況を作ってしまうかもしれない。
中国は、三戦(「世論戦」「心理戦」「法律戦」)の戦術を展開していることは、広く知られるようになった。(参照) 尖閣諸島での中国海監の行動も、その三戦に沿ったものとなっていて「世論(プロパガンダ)戦」と、特に「法律戦」を重視していると感じられる。
むしろ中国共産党や人民解放軍は、日本の世論が無知から勘違いをしてさらに右傾化し、先に撃ってくる事を望んでいるのではないだろうか。
そうすれば中国は、大義名分を得て自衛権を行使できるし、非武装の政府公船が攻撃されたとして、自国民に対して、そして何より国際社会に対して、公然と、その後の行動の正当性を主張することが出来るだろう。
その時は、「岩」だけでなく「島」が獲られることとなるかもしれない。(*3)
(*1)海監船は軍艦か非武装かの話や、偽装軍艦じゃね?という話は、機会があれば別記事で書きたいと思っていますが、少しだけ、
前の記事で少し書いたけれども、今、尖閣諸島周辺に来ている中国海監の海洋監視船は、海洋監視船として自主建造された船。(追記2012/11/29深夜:この記事公開後、海監137が尖閣周辺海域で確認されました) 軍艦ではなく、機関砲など固定兵装のない、非武装の政府公船。(機関銃など携行できる武器は積んでいるでしょう)
退役軍艦を改装した海監船とか、固定兵装のある300㌧以下の海監船の話とか書くと長くなるのでこの辺で。むしろ、漁業局の漁業監視船「渔政310」などが機関砲を載せている。
(*2)オスプレイと島嶼防衛のシミュレーションは、保守色の強い雑誌や本には多く書かれているのですが、論調がいまいち肌に合わない。
(*3)その「島」が、尖閣諸島だけでおさまればいいのですが・・・