(wikimedia commons)
「日本はレアアースの3分の2備蓄 - SankeiBiz(サンケイビズ)」という記事。
日本はレアアースの3分の2備蓄(2011.6.21)
中国中央テレビは19日、業界関係者の話として、「米国はレアアース(希土類)備蓄量では、世界第2位で、世界の総資源量の約12%に上るが、 一貫して何とかして備蓄量を増やし、毎年中国から大量に輸入している」「日本はレアアースをほぼ100%中国から輸入しているが、輸入しているレ アアース資源のうち、工業生産には約3分の1しか使っておらず、残りの3分の2を戦略備蓄として保管している」と伝えた。
同テレビによると、2009年末現在、中国で確認されたレアアース資源の埋蔵量は8396万トンで、推定では中国のレアアース埋蔵量は世界の 36%に上る。2010年の中国のレアアース製錬・分離製品の生産量は世界の91%、輸出は世界貿易量の90%に上った。
なんか変だと感じたので調べてみた。
この記事の元ネタは、中国中央テレビ(CCTV)が6月19日の朝のニュース「朝闻天下」で放送したもののようだ(参照)。
中国のレアアース業界再編に関しての特集番組で、一連のトピックス(参照)は、
・三大央企暗战南方中重稀土(三大レアアース企業の重希土類をめぐる戦い)
・谁在掌控稀土矿产资源 (誰がレアアース鉱物資源を管理しているのか)
・工信部正制定稀土兼并重组方案 (工信部はレアアース業界の再編計画を画策)
・工信部:不把稀土作讨价还价工具 (工信部:レアアースを駆け引きの道具として)
・稀土并不“土” 物以“稀”为贵 (レアアースはただの“土”ではなく“稀”な貴重なものだ)
・短评:关注我国稀土行业整合重组 (解説:我が国のレアアース業界再編への関心)
。(ちょっと意訳)
全部で15分ちょっとの特集。映像だけ見てもけっこう面白い。
解説の前の「稀土并不“土” 物以“稀”为贵」で特に日本について触れられている。(*1)
ここでは、中国のレアアースの産業利用の水準が低い(我国稀土资源利用水平低)という話から、米・豪・カナダ・日本などはレアアースの戦略備蓄を重視している(美澳加日等注重稀土战略储备)という話となり、1分45秒あたりから(最後の15秒だけ)日本中心の話になっている。番組の一連の流れを考えると、ここで言及されていると思われる。
(中国語のヒアリングはさっぱりなので、もしかしたら違っているかもしれませんが、)
とりあえずの結論。
日本に言及している部分とはいえ、SankeiBizの記事は、テレビニュースの本筋の中国のレアアース業界再編にはまったく触れていない。「中国のレアアース」に関連する複数の記事の一つというわけでもないようだ。
タイトルは「日本はレアアースの3分の2備蓄」。
15分の「レアアース業界再編」ニュースの中から本筋以外のごく一部だけを抜き出すのは、いろいろな点で疑問に感じる。
(追記2011/06/24)SankeiBizが24日に「レアアース企業 合併統合を推進」という人民日報の記事を紹介している。別紙なので、今回とりあげた記事とは直接の関係はないだろう。(追記ここまで)
それ以前に、その記事のタイトルと内容は正しいのだろうか?
この「日本はレアアースの3分の2備蓄」という記事内容について中国語メディアの記事を調べていたら「40〜50年分を備蓄している」が一緒に使われているものが多いことに気付いた。
例えば、香港の明报は「真相惊人」コーナーで「日本囤积稀土够用50年」(日本は50年分以上のレアアースを蓄積)という記事で並べて書いている。他も似たりよったり。
その「レアアースの輸入の2/3を戦略備蓄し、40〜50年分を備蓄している」は本当なのか調べてみた。
「40〜50年分備蓄している」について。
昨年の9月はじめに「日本は20年分のレアアースを海底に備蓄している」という変な記事があり、それについて検証をしていたので、そちらを参照してみてください。
・「レアアースため込む日本、中国に輸出制限緩和を要求」 変な記事の背景
・海底に20年分とはどこから出てきたか?
・海底に「備蓄?」/「ためこむ?」 日本を狙い撃ちにした表現
・中国メディアで転載・編集され、削除された部分
その時は、複数の中国メディアが、中国の「稀土(レアアース)の父」徐光憲 氏のインタビューや他のレアアース関連の記事を転載・引用していく過程で、元の発言の一部が削られたり表現が変わり、編集されていったことで、結果的に根拠のないものになったかもしれないと書いた。
また報道内容が、20年から30年、40〜50年と、根拠が示されないまま大きくなっていくことにも言及した。最初に「40〜50年」を見かけたのは、包鋼希土集団の匿名の関係者の言葉を載せた記事だったと記憶している(*2)。その数字を使っているのかもしれない。
徐光憲 氏の試算によると、日本は1995年から2005年までの10年間で利用量20年分を購入し、生産に使いつつ備蓄もしているのだそうだ。(参照)
この試算から考えてみると、1995年から2005年までの備蓄量は、20年分の購入量からその10年を単純に引くと備蓄は10年分、2/3を備蓄したとすると13.3年分、実際には生産使用量はうなぎ登りに増え価格も高騰しているので備蓄に回せる分はもっと少ない。
その10年間での最大貯蔵量を13.3年分と無理矢理計算してみると、日本はその後の2006年から2010年のたった5年間で最大36.7年分のレアアースの備蓄をしたのだろうか?(*3) 日本すげー(笑)
「日本はレアアースの3分の2を備蓄」について。
この中国中央テレビのニュースの元ネタは、2010年9月末にさかのぼる。
前述した「海底に20年分備蓄」(9月上旬)の検証記事を書いた後に出てきたもののようだ。
明报の記事を含め多くの記事で「《金融时报》の報道によると・・・」となっているので、一連の関連キーワードがいつから出現したか調べてみたところ、新浪网の記事などが引用している、中国中央テレビ(CCTV)の番組「环球视线」で9月29日夜に放送した「中国稀土 中国做主」(中国のレアアースは、中国が采配を振る)が震源地の可能性が高い。
おや?
これも中国中央テレビ(CCTV)じゃないか。
(動画のスナップショット)
日本从中国进口稀土资源,只有1/3用于工业生产,其余的2/3都被作为战略储备来封存,中国收紧出口是出于战略的考虑。ーー英国的《金融时报》
(日本の中国からのレアアース輸入のうち、1/3が工業生産のためであり、残りの2 / 3が戦略備蓄として封印されており、中国は戦略的に考慮して輸出規制をする。ーー英国のFinancial Times)
前述した「所谓我国加强稀土出口管理传言遭西方误读」(所謂、中国のレアアース輸出制限強化について西側の見方は誤っている)(テレビニュースの書き起こし)より、
客观地观察,日本国内时下并不缺乏可以使用的稀土。资料显示,从1983年起,日本就出台了稀有矿产战略储备制度,储备对象包括镍、铬、稀土等10种稀有金属。因此,据英国的《金融时报》报道,日本从中国进口稀土资源只有1/3用于工业生产,其余的2/3都被作为战略储备来封存。业内专家指出,目前日本保存的稀土资源甚至够用四五十年。
客観的に見て、日本国内ではレアアース(稀土)は欠くことの出来ないものとなっている。資料によると、日本は1983年に、ニッケル(镍)、クロム(铬)、レアアース(稀土)など10種類を対象とした希少鉱物(稀有矿产)の戦略的備蓄制度を始めている。英国のフィナンシャルタイムズ紙の報道によると、日本は中国から輸入したレアアース(稀土資源)の3分の1を工業生産に使い、残りの3分の2を戦略備蓄としている。日本が保全しているレアアース(稀土資源)は40〜50年分だと業界の専門家は指摘する。
(日本語適当訳)
「フィナンシャル・タイムズ紙が報道」と書かれているのだが、レアアースに関して該当する記事はFT.com、FT中文版ともに見つからず、言及している英文記事も見あたらなかった。
時期的に、FT紙による海江田大臣へのインタビューがくさいが、もしそういう事を言ったのなら間違いなく国内でも英文ニュースでも報道がされているだろう。
何か理由があって、FT.comから削除された記事なのだろうか?
もしご存じの方がおられたら教えてください。
他の部分について考えてみよう。
日本では、通商産業省(当時)の経済安全保障問題特別小委員会の報告に基づき、1983年度(昭和58年度)からレアメタル国家備蓄制度がスタートした。この部分は正しい。
しかし、対象品目はニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、マンガン、バナジウムの7元素であり、レアアースは含まれていない。
備蓄目標は国内消費分の60日分(国家備蓄:42日分、民間備蓄:18日分)だ。60年分ではない(笑)
2009年度に新規備蓄対象鉱種としてインジウム及びガリウムの2鉱種が追加された。レアアースは要注視鉱種(備蓄は必要ではないが注視し検討を要する鉱種)に含まれているので国家備蓄はされていない。
(参照 pdf)(経済産業省)
そして、2010年10月1日に「レアアース総合対策」が策定され、レアアースの国家備蓄が行われるようになった(参照)。これはCCTVの報道の後の話。
参考資料:我が国におけるレアメタル備蓄事業の歴史(pdf)(JOGMEC, 2005年)
2009年までの話は、化学業界の話題さんとこの「レアメタルの国家備蓄拡充」に詳しく書かれている。
レアメタルは31品目47種類あり、その中にレアアースの1品目17種類が含まれている。日本でも勘違いされることがある。
CCTVの「中国稀土 中国做主」の内容を読むと、抜き出した部分だけでもレアアース(稀土)(稀土資源)と希少鉱物(稀有矿产)が混在しているのが分かる。稀有矿产 は希少鉱物と訳されるが、文脈から所謂レアメタルを示している。
このあたりで、レアメタルの数品目(レアアース以外)とレアアースががごちゃごちゃになってしまって「レアアースの備蓄が行われてきた」という表現となったのではないだろうか。
このCCTVのニュースが報道されたのが9月29日で、日本でレアアース総合対策が策定されたのが10月1日と非常に近い(事前にプレスリリースは出ていただろう)。
ニュースを見たり記事を読んだ人は、周辺情報と合わせて考え1983年まで遡って日本はレアアース17種類を国家備蓄してきたと感じても不思議はないだろう。
もしかすると、FT紙の報道もレアアース以外のレアメタルに関するものだったのかもしれない。
中国中央テレビの報道は、微妙な表現を使いながら、レアメタル(レアアース以外)とレアアースを混在させてミスリーディングを誘っているようにも感じられる。
中国は、レアアースの輸出制限をすることの正当性を、繰り返し繰り返し強調している。
2010年後半からは、違法採掘の摘発強化や、最初に書いたレアアース業界の再編など大鉈をふるっている最中だ。そこで、国内の規制強化に対する不満のガス抜きに使おうとしていたのだろう。
(*1)短評の部分で言及しているかもしれない。
(*2)元記事のURLはメモっていなかった。
(*3)さらに無意味に、10年間で購入した全てのレアアースを備蓄に回したとしても、2006年から2010年の5年間で20〜30年分のレアアースの備蓄をしたということになる。書いてみたけど、意味不明(笑)
(*4)個人的には、また、中国メディアが変なデータ解釈をして、コピペコピペで広めてるのか、という気分。
メモ
ここは公平に、中国の言い分が全面的に正しい場合も考えてみよう。
東京電力と原子力村じゃないけど、日本政府とJOGMECも事実を隠蔽していると考えてみよう(笑)
実は、日本はレアアースの大量の戦略備蓄をしていて、それは40〜50年分あるのかもしれない(笑)
それが事実だったら、どれほどの国益となるだろうか(笑)
こういう隠蔽情報なら大歓迎なんだが(笑)